01 寮の朝

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 アンリたち新五年生たちは、昨日のうちに個室へと引っ越しをした。それでも今までの癖で、早朝に出掛けるときは物音を殺してしまう。昨日まで同室だったクラスメイトは始業ギリギリまで寝ていたいタイプで、早めに起きてしっかり準備を済ませたいアンリとは真逆の人間だった。  今日からはそんな遠慮とも無縁だと思うと、自然、廊下を歩む足取りも軽くなる。  まだひとけがなく、静まり返った寮を抜け出し、軽やかに向かうのは校舎よりさらに奥、広大な学校敷地内のほぼ端。ビニルに覆われたグリーン・ハウスだ。  アンリは慣れた手つきでビニルの出入口に手をかけ、そっと中へ足を踏み入れる。  早朝のグリーン・ハウスはしんと冷えた気配に包まれていた。呼吸するたび、澄んだ空気が体内に流れ込んでくる。  アンリは、グリーン・ハウスの中央へ立つと、すぅと息を吸い込んだ。  それから、口の中で言葉を紡ぐ。アリオネスで使われている公用語ではない。古い時代――魔法が生まれた時代に使われていたとされる古代語だ。  呪文ように定型句を唱えたあと、最後に一言、 「“雨よ、草花に恵みを与えたまえ”」  と命令するように言い放つ。  途端、グリーン・ハウスの内部にどこからともなく小さな雲が広がった。やがて雲はふくらみ、パラパラと小雨を振らせていく。  これも魔法の一種だ。  自然界のエネルギーを自在にコントロールする、それが魔法である。  どういう仕組みで、どうやって使っているのか。頭には入っているけれど、説明しようとすれば二年ぐらいかかる――というのは、実際、入学して最初の二年間でひたすら学ぶので、イヤというほど身に染みていた。  魔法の実技を行えるのは三年生からだ。  アンリが魔法を使うようになって二年、やっとすこし安定してきた、と思う。はじめのうちは雨を降らすことに失敗してしまい、仕方なくジョウロで水やりをしたこともあった。  それでもアンリは、この園芸部を辞めるつもりはなかった。  活動はたいへんなこともある。今の早朝の水やり当番もそうだ。だが、それ以上に楽しいと思う。
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