01 寮の朝

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 なにせ、このグリーン・ハウスで育てているのはただの花ではない。薬草やハーブなど、調合することによってさまざまな効力を得られる、魔法使いにとって重要なもの。  将来はこの薬草やハーブの育成、調合の専門家である「薬学士」を目指すアンリにとって、ここは格好の勉強場だった。  ゆくゆく薬学士になりたいと思い、このエリオルの扉を叩いたのが、五年前。  だが、基本的には魔法使いや、その師となる魔術師、あるいは魔法も使える剣士や騎士をこころざす生徒が多い学校なので、薬学士としての勉強はそこまで専門的ではない。  いちおう、エリオルにも薬学や調合の授業はあるけれど、それだけでは不足するから、自習を頑張らなくてはいけなかった。  それでも、どうしてもエリオルに入りたかった。その理由は、これから、やっと、与えられる――。 「おい、どうした兄ちゃん。ぼうっとしてよ」  考えに耽っていたアンリは、その乱雑な声にハッと我に返った。  水やり当番であるアンリ以外は誰もいないはずのグリーン・ハウス。それなのに誰かの声がしても、アンリは至って冷静だった。声の主がわかっているからだ。 「え……あ、ごめん。水、多かった?」 「いんやぁ?俺っちはもうちょっとほしいぐらいだけどよ。アッチのハーブの地帯はもう止めたほうがいいんじゃねえか?」 「そうだね。“雨、あっちの区域はもういい”」  アンリが古代語でいうと、グリーン・ハウスの一角の雨だけがピタリと止まり、暗雲もたちまち霧散した。  それを見届けてから、アンリは声のほうへ向きなおる。 「アルラウネ、教えてくれてありがとう」 「どーいたしまして。兄ちゃん、今日から五年生だろぉ?そんなぼけっとしてちゃダメだぜ」 「ほんとだよね。ちょっと感慨深くなっちゃってたよ」  アルラウネ――そう呼ばれた植物は、自らの茎をユラユラと揺らす。  この世界にはさまざまな種の人型植物がいる。主にマンゴドラとこのアルラウネだが、そのなかでも細やかに様々な種類がある。このグリーン・ハウスにも、様々な種類のマンゴドラやアルラウネが育てられていた。
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