スパイス

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 「NABE' S KITCHEN」は、店主である真鍋明彦(まなべあきひこ )の手による和・洋・中華・エスニックと各国の料理を研究しつくした創作料理が評判の、小さいながらも地元では評判の店である。  毎週火曜の定休日。気ままな独身、そして仕事大好き、料理大好き人間の真鍋は、新メニュー開発のために、馴染みの食材屋を回るのが常だった。 中でもアジア人のワンさんが営む食材店は、珍しいアジア各国の食材や調味料を数多く取り揃えており、特に真鍋のお気に入りの店で、毎週欠かさず足を運んだ。  ある日真鍋はその店で、見た事の無い深緑色をした山椒の粒大のスパイスと出会った。ワンさんが、インドとネパールの国境近くの山奥で見つけて来たというスパイスが持つ、まるで宝石の様な輝きを見せる深い緑色、そして食欲をそそる鮮烈でいて繊細かつ芳醇な香りに、真鍋は目を輝かせた。 「さすが真鍋サン、お目が高いネ」  ワンさんは「試食してミテ」と、『ガリガリ』と言う名前のそのスパイスを、ふんだんに使ったドレッシングを小皿に注いだ。それをひと舐めして、想像以上の深みのある旨味に思わず舌鼓を打った真鍋は、瞬時に新メニューの創作意欲に火がついた。 「いいね。旨い。でも、確かにドレッシングにしてサラダやマリネに合わせるのも良いけれど、この旨味を受け止めるには野菜や魚じゃ弱い様な気がする。このスパイスにはもっと合う料理があるはずだ」  料理の事となると、彼は饒舌になる。 「肉だよ、肉! 煮込み料理……いや、やっぱりステーキやスペアリブのグリルした肉料理にピッタリだよ、ねぇワンさん!」  熱く語る真鍋に 「ダメ!肉料理は絶対ダメです!!」 ワンさんは、突然血相を変えた。  なんでもこの『ガリガリ』を仕入れた現地の人間に、「絶対にこのスパイスを肉料理に使ってはいけない」と、きつく念を押されたのだと言う。 「何故だろう。食べ合わせが良くないとか? とんでもなく不味くなるからとかか?」  尋ねる真鍋に、 「いやぁ、何しろ山奥の部族だったから言葉がよく通じなくて、細かい理由までは分からないヨ」 と、ワンさんの答えははっきりしない。 「とにかく! 肉料理には使っちゃダメですヨ!」  ワンさんは、その一点張りだった。
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