前編

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 大体、なんで日本語を話してるの? さっきから下でぶらぶらと揺れるモノが気になるし、彫刻のような男の身体が目に毒過ぎて、直視できない。いや、先程まで彫刻だったっけ。 「あ、あの。離してもらえますか?」  私はなるべく平静を装って、男に声をかけた。突然石膏像から人間に変化した裸の男性に抱きしめられて平気な訳ないけれど。でも震える声でそう訴えた。  男は「うん?」ととぼけた様子で、私を抱き締めていた腕を緩める。 「……帰ります」  現実を直視できず、私はそう言ってその場を後にしようとした。これは私のおかしな妄想で、生身の男なんてここにいるはずはない。きっと石膏デッサンのし過ぎで変な幻覚を見ているんだ。そう、帰ろう。帰ってお風呂にゆっくり浸かろう。  なるべく相手に刺激を与えないように、ゆっくりと距離を取り、私は後ずさっていく。だが、事態はそう簡単なものではなかった。 「ダメだ。帰らないでくれ。まだ最後の呪いを解くためにしなければならないことがある」  もの凄く。もの凄く嫌な予感がした。私は勇気を出して顔を上げる。すると、切望する男のブルーアイと視線がぶつかり、鼓動が跳ね上がった。その吸い込まれそうな瞳に、私はすっかり囚われてしまったらしい。 「どうか君の処女を私に捧げてくれないか。それで私はようやく元に戻ることができるんだ」 ――いやいやいや。おかしいでしょ!無理無理無理!  だけど、私の身体は魔法をかけられたみたいに、動かなかった。
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