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前編
ある夏の日の放課後のこと。
部員が帰った後の美術室で、私は一人戸締りをしていた。扇風機しかない部室は蒸し暑く、窓を閉めると西日の熱気が窓越しに伝わってきて嫌になる。
「あ~あ、今頃さくらは南山美術学校で描いてるんだろうな。くっそ~」
最後の窓を閉め終えると窓枠に背中を預け、小さく愚痴をこぼす。思ったより大きな溜息が口から吐いて出て、静まり返った美術室に響いた。さくらは同じ美術部員の同級生で、同じ大学を目指す仲間であり、ライバルだ。数時間前に下校したさくらだったが、毎日放課後は駅前の大手美術学校に通っている。
私は美大を目指す白石加奈、高校三年生。高一の頃から美大を目指し、日々イーゼルに向かう日々を送っている。
総合高校ということもあって、美大を目指す受験生もわりとたくさんいるが、そのほとんどがダブルスクールをして、放課後は美術学校に通っていた。私の家は金銭的な余裕がないこともあり、ダブルスクールなんてできる訳もなく。こうして放課後、美術室でひたすらデッサンに励む日々だ。
美術学校に通う者と、そうでない者の差は歴然としている。いくら総合高校とはいえ、先生は定時に帰ってしまうし、受験のノウハウを教えてくれるOBもいない。それに比べて美術学校は、そこの卒業生が講師として様々な対策をしてくれるし、厳しい講評だってしてくれる。彩り豊かな静物デッサンもできるし(学校は毎日用意できるほど予算がない)、石膏像だって首像や胸像、半身像など選り取りみどり。与えられる環境が違えば、レベルだって自ずと変わってしまう。
私は間近に迫る受験を前に、ひたすら学校にある石膏像を片っ端から描き続けていたが、焦燥感は日に日に大きくなっていた。
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