† それは、悪い夢。

3/8
前へ
/19ページ
次へ
「ええ」  力強く、彼女は頷いた。  彼女が言う。ならばそうなのだろう。  そうか。気のせいか。 「……」  見詰めれば、やさしく笑んで返す彼女。────そこには一点の曇りも無い。  ……そうだよな。気のせいだ。きっと、何度も同じ夢を見てるから、同じような会話を前にしたんだ。既視感、てヤツだろう。  しかし僕ってヤツは何て臆病なんだろう。こんなに素敵な……素敵な、……あれ?  目には笑う彼女。 「……」  彼女の、名前は? 「────被験体『B-0ur0bor03』の状況は?」 「わからない。だが一際強い反応が出ている」 「もう危ないかもしれないわね……救護班?」 「……こちら救護班」 「被験体『B-0ur0bor03』の状態は?」 「心肺の活動が著しく低下しています。心拍数、かなり減少」 「マズいわね」 「ああ」 「また、連れて逝かれる?」 「ね、ねぇ……」 「なぁに?」 「き、きみの名前、なんだけど、」 「────そんなことどうだって良いじゃない」 「え、」 「私たちが寄り添うことに比べたら離れることに比べたら、そんなことは些細な事象よ。────そうでしょう?」  迷いの無い笑顔で彼女は言った。  相次ぐ戦争と止まらなかった環境破壊、莫大規模な自然災害で、西暦が破綻してしばらく経ったころ。人々の間で奇妙な流行り病が蔓延した。  感染経路も不明なそれは、『プレイバック症候群』と呼ばれた。 「ねぇ、」  僕は、さっきからこれしか、話を切り出すのに使っていない気がする。  けれど名前がわからない今、僕にはこの呼び掛け方しか残っていないのだ。 「寝ましょうか」 「え、」  返事の仕方もこればかりだ。だが今回これは正しい利用法だと思う。だって。 「寝る……って?」  何で急に? 「何で、」 「寝れば嫌なことは忘れるもの」 「けど、」 「大丈夫  もう悪夢は見ないわ」 「『プレイバック症候群』───一説だと自然発症ではなく人為的発症とされている」 「生物兵器────通称『B兵器』ってヤツか」 「正確にはB兵器として製造されたウイルスが何かの原因で外に洩れ、進化を辿った結果が『プレイバック症候群』と言われている」 「そう。罹った者は皆夢を見る。繰り返し繰り返し何らかの夢。ずっとレム睡眠とノンレム睡眠を交互にして。目が覚めないまま、いずれ衰弱し死に至る」
/19ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加