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博士が言った。博士の名を少女は知らない。博士が意味の無いことだと言うから。ゆえに少女は知らない。
博士の名も、この建物の名も働く人たちも同じような少年少女たちも兵士も。
少年の名も。
少女自身の、名前さえも。
だが、些細なことだった。細やかで、ちっぽけな。
そんな、事実は。
少女は少年を見据えた。なぜだろう。博士が言った。
「どちらがこのウィルスを体内に宿すのか、選びなさい」と。
少女は少年を見た。博士は知っていたのだ。少女と少年が仲睦まじいことを。カメラで観察していたから。
そのための、団体生活だった。
ウィルスは致死レベルには遠く及ばないと。説明を受けた。
だから死ぬ一歩手前の痛みと苦しみを味わうのだとも。説明された。
博士は変わらずに続けていた。
説明されても、少年と少女は理解出来なかった。どちらがと問われても、動けなかった。
死にはしない。だが死ぬ程の苦痛が在る。わからなかった。痛い思いは何度も、少女も少年もしたけれど、わからなかった。
死んだことは無かったし、傷も痛みも実験が終われば治療で消えた。だからわからなかった。
わからないから────少女はどっちだって良かった。
少年が泣き崩れて叫び出し、喚くままに少女にその役目を押し付けるまでは。
「ウィルスに冒される少女の苦痛に、当時仲が良かったとされる少年が精神感応───エムパスを起こすかが焦点だった」
「でも目論見は外れたんですよね」
「ええ。データ上では致死に至らないとされたウィルスは結果細い体の少女を死に至らしめ、少年は何の反応も示さなかった」
「下らねぇ……」
「その後少女の遺体を埋めたのが、ここ」
「ここって……」
「そう。最初に『プレイバック症候群』の発症が認められた場所のすぐ上の山よ。……多分ここら一帯は地震災害に見舞われたり土砂崩れに曝されたりしたから……遺体も流されたのかも」
「つまり麓近くまで押しやられた?」
「そして感染が始まった。ほら、気象情報と発症時期がぴったり」
「……まるでホラーだな」
少女は笑った。おかしかった。
何がだろう。滑稽だったのは。
少女は確かに少年が好きだった。そのせいかもしれない。
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