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「ねぇ繭。カラオケまた今度でもいいかな?」
あ、確か先週の、とくすんだ紺色のスクールバックから財布を取り出そうとしていた手がぴた、と止まる。
「彼氏と急に会えることになって」
最近全然会えてなかったから、ごめんね。
いいかな?と聞いておいて、ごめんね。で会話を終える意図を私は知っている。
紗奈の机の端に置かれたスマホは、無料通話アプリのトーク画面を開いていて、うさぎがハートを抱きしめているスタンプがちらっと見える。ポップ体で可愛らしく「すき」と伝えていた。
「あーい。りょうかい」
ひらがなを意識しながらにこっと笑ってやる。自分は、すごく嫌な子だ。
紗奈は言葉を言葉のままに受け取ると、ありがとう。本当にごめんね?とすぐにポケットからリップクリームを取り出した。薄ピンクに色付くタイプのそれを、二度三度自分の唇に塗っている。
なんだかその行為が、選ばれなかった私を際立たせているみたいに感じてしまう。
こんなこと、気にするようなことじゃない。
自分に言い聞かせようとすればする程、先週貰ったカラオケのクーポン券は、財布のなかでぐちゃぐちゃになっている気がした。
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