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でも、一つだけ願いがある。
望み薄かもしれないが、どうかわたしの気持ちが消えるまでで良いから、誰のものにもならないでほしい。
あの瞳があの声が、誰か一人を求めるなんて想像するだけで身体が引き裂かれるような気分になる。
想像するだけで胸が痛い。そのまま書類ごと自分を抱き締めるように腕を組んだ。
でも本当は違う。
同じ気持ちを抱いてもらえたらと何度も思って、何度もその考えを潰してきた。
だって、高瀬さんからは決定的な言葉はない。
だからわたしは、そんなことを期待してはいけない。自分の心のために。
その時、軽快な音と共にエレベーターのドアが開いた。
革靴の音が聞こえ、誰かが乗り込んできたと顔を上げる。
「お疲れ」
「あっ、お疲れさまです」
噂をすればなんとやら。
「考え事?」
「そんなところです」
照れ笑いをして、また書類に目を落とす。
この人のことで悩んでいるというのに、会えば鬱々とした気持ちが掻き消されるから不思議だ。
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