不動産屋の不手際

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 たった数日一緒に暮しただけなのに、あと少しここにいたいと思ってしまう自分がいる。  父と一緒に暮らしてきた年数のほうが遥かに長いのに、どうしてここでの暮らしのは居心地が良いのだろう。  それはきっと、高瀬さんのせいだ。  この人の作り出す空気が穏やかで優しくて、わたしを安心させるから。この人の言葉や表情が、わたしを癒やして満たしてくれるから。  「そんな悲しい顔するなよ」  コツン、と額を叩かれる。  「だって、ここのほうが居心地が良いんですもん」  「実家より?」  コクリと素直に頷く。  すると高瀬さんは少し笑って「じゃあ、気が済むまでどうぞ」と返してきた。  ほら、また。  そうやってすぐにわたしの心を落ち着かせてしまう。  「この調子じゃ居座っちゃうかもしれません」  「どうぞ」  例えそれが大人の嘘だとしても、甘やかされたことのないわたしの心はあっという間に満たされてしまう。  人生で初めて甘えるということを許されている気がして、恐ろしいほど心地良い。
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