鬼胎を抱く日々

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 最近会社でも挨拶だけでなく多少の会話を交わすようになったが、まだ慣れずにいる。  家で話すより距離感があるというか、他人行儀に振る舞わなくてはいけないのが、なんだか難しい。  「コシがないよな、食堂のうどんって」  「冷凍うどんのほうが遥かに美味しいですよね」  そんなどうでもいいことを話していると、聞き慣れた地名が聞こえてきて反射的にテレビに目を向ける。  そこに映し出された光景に目を見張った。  「女性宅に侵入して性的暴行を加え、全治二週間の怪我を負わせたとしてー」  ニュースキャスターが原稿を読み上げる淡々とした声がエコーのように頭に響く。  何度か見たことのある神経質なほどの七三分け。俯いているため表情は分からないが、間違いなく三村さんだ。  「周辺地域では同様の事件が相次いでおり、警察では三村容疑者が関与しているとみて調べを進めています」  食堂にいた女性社員たちが「えー、怖いね」と不安そうに囁き合っている。  わたしと高瀬さんはあまりの衝撃に何も喋れず、テレビを見つめ続けていた。
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