鬼胎を抱く日々

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 「また一緒に暮らそう」  最初はその言葉の意味が分からなかった。でも見つめ合っているうちに、やっと高瀬さんの言葉を理解した。  その途端、まるで魔法のように何かが心に染み渡る。  それは歓喜か安堵か、涙が次から次へと零れ落ちてきて止まらない。  「良いんですか?」  嗚咽交じりに問えば、優しい声で「離れていて何かあったら嫌なんだよ」と返された。  密かに抱いていた重く暗い気持ちから解放され、ついに声をあげて泣く。  度重なる引っ越しは精神的にも金銭的にも負担だった。いつになったら落ち着いて暮らすことができるのか分からず、苦しかった。  そして一人で暮らすことのリスクは頭では理解していたつもりだったが今回身をもって実感し、今後の生活が恐怖だった。  何年も続いていくであろう一人暮らしに本当に耐えられるのか不安で、正直どうしたらいいのか分からなかった。  「すぐに引っ越そう。今度こそ落ち着いて暮らせるところに」  まるで子供の相手をするかのように優しく涙を拭われる。  今度こそ。高瀬さんの言葉を頭の中で繰り返して、わたしも頷いた。
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