鬼胎を抱く日々

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 蓋が開いてしまうのも、きっと時間の問題だ。  だって同居していたあの一ヶ月間よりも早いスピードで、わたしたち二人の距離が縮まっていくのを感じる。  それはまるで離れて暮らしていた期間を埋めるかのように早急だ。  「あ」  「え?」  何かに気付いたような顔をして、高瀬さんが動きを止める。  「ソースついてる」  首を傾げたままでいると、親指でぐいっと口元を拭われた。途端に頬に赤みがさす。  「す、すみません」  「美味しそうでなにより」  これまで自分以外の誰かが触れることなんてなかった部分に高瀬さんの無骨な指が触れ、その硬い感覚が色濃く残る。  たった一瞬の出来事だったのに心臓は破裂しそうで、それなのにもう一度触れてほしいなんておかしいだろうか。  一緒にいられるだけで幸せなのに、ふと欲張りな自分が顔を出すから嫌になる。  こうやって欲張ってしまう時点で、既に蓋は開いているのかもしれない。  お好み焼きを食べた帰り道、ほろ酔い気分で二人並んで歩く。  当然のようにわたしは歩道側で、自転車や車が通るたびに高瀬さんの腕がわたしを守るように伸びてくる。  歩いていれば時折肩や手がぶつかるが、それでも二人の間の距離は変わらない。  それならば、このまま触れてしまっても変わらないだろうか。高瀬さんの体温に触れる度にアルコールのせいにして繋ぎ止めてしまいたくなる。  高瀬さんの心を覗き見たい。  あの時のような無理矢理始まる期間限定の同居生活ではない。互いの同意の上で、これから一緒に暮らしていくと決めた。  高瀬さんはどういう思いなのだろう?知りたくて知りたくて、仕方なかった。
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