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* * *
「待ってよ……」
息が切れる……歩きなれない道に転びそうだ。
「しっかりしろよ。ったく、情けないな」
僕の手を取りずんずん歩く。でも乱暴な口と裏腹に、これでも歩く速度を落としていてくれている。
なるべく日陰を選んで歩いてくれている事も僕は分かっている。しんどいけど、一生懸命ついていく。
祥吾は暑さで、Tシャツを脱いでいた。こんな格好で僕の街を歩いたらたちまち話題になるだろう。でもここでは何の違和感も無く、景色と空気に馴染んでいた。僕は真っ黒できれいな背中を見ながら歩いた。
「武内~」
歩いている途中、名前を呼ばれて振り返る。見ると、祥吾の地元の友達が居た。あ、そうか。自分の知り合いがここに居るはずも無いのに。
同じ名字の祥吾が笑顔で返事する。
何度か会った事が有る顔で、気の良い奴等ばっかりだった。小さい頃からずっと祥吾と一緒の奴等だし、皆同い年だから僕にも気を遣わず話かけてくれる。
「武内の自慢の従兄弟だったよな」
「トモキ……だったっけ、おっす」
自慢の?祥吾が友達を睨み付けてる。
「うん。こんにちわ」
人見知りする僕に気を遣ってくれてるのかな。いつも祥吾の友達と話すとき、祥吾は僕の前に立って話す。
「やっぱり思った通りだったぜ。皆で来てんじゃないかって言ってたんだ。だって毎年武内、従兄弟が来たらすぐ解るもん」
「この時期になるとそわそわしてっし、今日もとんで帰っただろ」
「だから、みんなで賭けて見に来たんだよ」
「はい、俺と尚の勝ち~ジュースな!」
「やっぱな~思ってたんだけどさ」
それぞれ、口々に言い合ってる。
「お前等な~、人の事賭けに使ってんじゃねーよ!」
祥吾が一人一人の頭を小突いている。僕は話に入れず、祥吾の背中で聞いている。
「ごめん、ごめん、悪かったよ。なぁ、一緒に遊ぼうぜ!朋樹ってどこに住んでんだっけ」
僕を掴もうとした、友達の手を祥吾がはたく。
「だーめー。今から二人でいくとこあるんだよ。また明日な」
「明日って、お前、今日と一緒で登校日だしプール補習夕方まで……」
「んなもん、行かないよ」
「行かないって武内、先生怒るって」
「怒られたって関係無い。明日は休む。明後日部活もな。お前等適当に言っといてくれよ」
「じゃ、よろしく」
「武内ー」
友達にしっしっと手を振って、呼ばれる声にも振り向かず、歩き始めた。僕は背中を見つめたまま、また後を一生懸命ついていく。でもさっきよりはもっとゆっくり歩いてくれている。
「朋樹、ごめんな。あいつら良い奴らなんだけど。あんまりここ知らない奴来ないから珍しがって」
賭けに使われた事謝ってくれてるのかな……
「ううん、気にして無いよ。良い奴等なのは解ってるし」
「みんな、お前と話したがってさ、紹介しろって煩いから、来る日も言わなかったし、今日はまいて家帰ったのに、追いかけてきやがった…ったく」
「そうなんだ。話したがってくれるのは嬉しいけど、僕は話すのも上手じゃないし、何にも面白味も無いし……」
人見知りするし、話すのは苦手だし、退屈だろうと思われる自分のコンプレックスだった。
「……朋樹は何にも解ってないな。誰もお前の面白い話を期待してるんじゃなくて、都会の話しなら何でもいいし。何よりお前の顔見て話してみたいんだよ」
祥吾は振り向いて、僕の額を指で突いた。
「ふぅん」
僕は良く解らなかったけど、返事をしておいた。
「祥吾、学校明日いいの?」
「そんな事お前が気にするな。全然大丈夫」
不意にさっきの話を思い出した僕に、祥吾は一点の曇りも無い顔を見せてくれた。
「お前、高校どうだ?周りの奴等は?」
周りの奴等?友達の事かな?
「うん、楽しいよ。みんな優しくて良い奴ばっかりだし」
本当にそうだ。みんな話に寄ってきてくれるし、4月に知り合ったばかりの奴等もみんなめちゃめちゃ優しい。出来過ぎな位の人達に囲まれて過してる。
「……そうか」
「祥吾はどうなの?」
祥吾は少し元気が無くなった。
僕は祥吾の話を聞くのが大好きだ。僕に無い物をみんな持ってる祥吾。同い年の従兄弟なのに、ここまで似てないなんて。
でも祥吾を見ると劣等感というより、逆に元気が出て来る。力強くて、太陽みたいな祥吾。
「あぁ、俺はこのとおりだ」
僕に向かって腕を曲げて力こぶを出しふざけてみせた。太い訳じゃないのに、力強い腕。
「もう正選手なんだ」
「ほんとに?凄いや!」
駅伝部でまだ1年なのに。
「大学入ったら、旗振りに来いよ」
中学からの祥吾の口癖だ。
「うん、絶対行くよ。まだ先の話だけどね」
「そんな事ないよ。後2年半なんてあっという間だ」
祥吾は白い歯をこぼして笑っている。この笑顔が出来るのは、僕の学校にはだれも居ない。僕は見たばっかりの笑顔を祥吾の背中に思い浮かべて、後を着いて歩き続けた。
* * *
「おい、着いたぞ」
木の茂った山の中に小さな川が流れている誰も居ない場所。岩場から降りられない僕を見かねて、腰を持って下ろしてくれる。
自分が情けないけど、頼り切ってしまう。祥吾の首に手を回し「ごめん」と呟き下ろして貰った。祥吾が腰を持ってくれている手に力が入る。
二人でいつもの場所に立つ。
小さい頃、祥吾が秘密の場所と言って連れてきてくれた所。僕はここが大好きだ。毎年必ず最初にここに来る。
葉陰で太陽の暑さからも間逃れられる。水が流れる音と、セミの鳴き声しか聞こえない。
世界で祥吾と二人きりになった感覚になる。
母さんの目もおばさんの目も、日ごろ自分の街の雑多な気疲れする環境も全て忘れられる。
一日、ここで日が暮れるまで過す。
一番大きな木に背を向け、小枝を使ってお互い背を測る。これも毎年行事のようにやっている。
「くそー、絶対来年もっと伸びてやる!」
僕とあんまり変わらなかった祥吾が悔しそうに言った。
体格は違うけど、背は余り変わらない。2,3cm祥吾が高い位だ。僕は唯一同い年と感じられてほっとする。
でもこんな気持ち祥吾にばれたら、怒るだろうな。異常に気にしてるから。僕も祥吾も低い訳じゃないのに。
いつもと変わらず、日が暮れるまで二人で遊んだ。
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