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生まれた時から来ている道を車が走る。
昔は車の中で姉さんと、いつもわいわい騒いで歌を歌ったりしてた。姉さんはもう来ていない。毎年旅行に行っている。わざと日を重ねて。
今は一人通り過ぎる景色を大人しく見ている。だからといってつまらないんじゃなくて、もうそういう事をする年じゃなくなった……てことかな、と思う。
みんな僕を子供扱いするけど、心の中は一生懸命大人に向かってるつもりなんだ。
目的地はどんどん近づいて来た。毎年少しずつ周りの様子は変化している。
無かった家や店が増えているけれど、普段見る事のない、青,緑色の景色が目に飛び込んで来る。
近づくたびに運転している父さんは、嬉しそうだ。
母さんは……目にみえて不機嫌になって来る。これも毎年の事だから、慣れた。
夏休みの真ん中の3日間、僕は毎年ここで過している。
父さんが育った家で。
* * *
カーブに身体を揺さぶられ、少し気分が悪くなってきた頃着いた。酔う寸前で密室から解放された事にほっとする。
だって、ちょっとでも酔ってフラフラしているところを見られたら、また祥吾に馬鹿にされるから。
そして馬鹿にした後、途方も無く心配するんだ。
僕は車を降りて背筋を伸ばし玄関に上がった。相変らず真夏なのに冷房器具無しでもひんやりしている。だだっぴろく薄暗い家の中に入ると、いつもの事だけど少し緊張する。
荷物を置くより先に、父さんの後に付いて、他の部屋より一層暗い部屋にたどり着く。線香の香りが立ち込める仏間。
そこには父さんに良く似た笑顔のおじさんと、母さんと同じ様に機嫌の悪そうなおばさんが正座して待っていてくれた。
「良く来たね」
毎年同じ言葉を最初に聞く。僕は少しほっとした。年々来るのがおっくうになってなる自分が居るから。
父さんが仏壇に手を合せる。去年まではお布団の中で僕たちを迎えてくれた。僕はおばあちゃんが大好きだった。「大きくなったね」と頭を撫でてくれるしわしわの手も大好きだった。
おばあちゃんが死んではじめての夏だ。
ここに来る前に、母さんはほっとしたように「あそこに行くのも今年が最後ね。」と呟いた。
その時と同じ顔で、母さんが手を合せている。いつもは優しい母さんなのに、この田舎の事となると、顔色が変わる。僕の知ってる母さんじゃなくて、知らない大人の顔をする。
理由は僕には解らない。ただ、同じ顔をおばさんもする。姉さんには優しかったけど、昔から僕には冷たい。
嫌われる理由も分からず、ずっと落ち込んでたけど、姉さんがここに来てた最後の年に「あんたの顔が母さんに似てるから、おばさんの癪に障るのよ」と教えてくれた。
元の理由は分からないままだけど、僕はなんとなく納得した。
大人の事情は知りたいとは思わないから、冷たい理由が分かっただけで充分だった。
嫌いな人に顔が似てるから嫌い。
これは子供の僕でも分かる事だから。自分のせいじゃ無い事だからあんまり気にしないでいようと心に決めた。
でもいくら慣れはしても二人の冷たいやりとりを目の当たりにし、おばさんからの視線を直で受けると、僕はいたたまれなくなる。
空気の重みに少し我慢が効かなくなったとき、大声とともに部屋の中に眩しい光りが差し込んだ。
「朋樹!!」
日に焼けた肌が逆光で余計に黒く見える。弾けそうな力で襖を開け、僕の名前を呼んだ。
祥吾が。
「待ってたぞ!ほら早く!」
強い力で僕の手を掴み、座ってる僕を力任せに連れ出しにかかった。僕は引っ張られる痛みに耐えながら、引きずられる。
ちらっと母さんを見た。祥吾を睨み付けている。
祥吾のお母さんであるおばさんが僕を嫌うように、母さんも祥吾を良く思っていない。
だけど僕と違って祥吾はそんな事感じていない様で、いつもお構い無しだ。
田舎に居る間中、いつも僕を振り回し引っ張りまわす。
でも、居たたまれなかった部屋からさらってくれたその強い腕に感謝する。
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