夜会にて囚われる乙女

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 乙女の唇が小さく開いた。    瑞々しく可愛らしい唇に目を向けた男はそのまま貪り喰らいたいという衝動を抑える。    ここではまだ駄目だ。  まだ、その時ではない。  人の集まる場所で騎士の忠誠の誓いを行うなどとは無謀にもほどがある。  乙女が受け入れた場合は拍手喝采、祝福と賛辞で迎えられるが、万が一断られた場合は双方共に悲惨であるからだ。噂好きの社交界で一躍悪い方に有名になり、しばらくの間は身を潜めて暮らさなければならない。しかも乙女はまだしも騎士の方はこれから先一生、別の献身を捧げるべき乙女がいたとしても忠誠の誓いを行えないだろう。  忠誠の誓いを失敗した騎士の、いわゆる二番目の乙女にはなりたくない。  そういった事情から、一般的に忠誠の誓いは密やかに行われ、セレモニーとしての儀式以外に表立って行われることはあまりないのだ。  しかし、男には関係はなかった。むしろこの聴衆のお蔭で乙女を追い詰めることができたのだ。男にとって聴衆の面前で忠誠の誓いを行うことは、この女は俺のものだと知らしめることができる丁度良い機会であった。  男は乙女の白い手から香り立つ甘い匂いに酔いしれる。  口付けている箇所にあからさまに聴衆の目が向かないことをいいことに、乙女の左手の環指をその口に含み、舌をからませて味わい尽くす。    なんと、甘い……甘美な誘惑だろうか。    男は獲物を狙うような鋭い眼差しで乙女を射抜き、環指を口に咥えたまま、にやりとわずかに口角を上げ、そしてーーーー  カリッ  己の歯で、噛んだ。  乙女はその突然の行為にわずかに怯んだ。  まさか指を口に含まれ、あまつさえ噛まれようとは夢にも思っていなかったようで、反射的に手を引こうとする。  そうはいくか。  男はギリギリと噛む力を強めていき、その柔らかく細い環指の付け根に歯を食い込ませていった。傷つけず、しかし痕がつくくらいに、絶妙な力を込めて。  この場所が夜会のダンスホールでなければ、乙女は間違いなく悲鳴をあげていただろう。しかし、この乙女も見た目通り可憐というわけではなく、ましてや乙女というにはいささかとうがたっている。  男もそれを知っているので噛んでいた指を口から放すと同時に逃げられないように立ち上がるとその手首を素早く握った。
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