夜会にて囚われる乙女

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「やっと捕まえた、シュイリィ」  男の口の中には乙女の指の甘い余韻が残っている。  男は唇を動かさないようにして、乙女……シュイリュシュカにだけ聞こえるように甘く低い、誘うような声音で呟く。 「……な、何が目的ですか?」  シュイリュシュカも男と同じように唇を動かさずに呟き返した。 「わかっているだろう?お前のすべてを貰いにきた」  相変わらず男は清々しいまでに騎士を演じている。いや、演じていると言っては語弊がある…この男は正真正銘の騎士なのだから。 「シュイリィ…逃がしは、しない」  男は握った手首の内側を指で撫でさすりながら、ちろりと赤い舌を覗かせた。そしてゆっくりとシュイリュシュカから目を逸らし、前後左右から遠巻きに見守る聴衆に意識を向けると、男の眼が何か企んでいるかのようにキラリと光る。  シュイリュシュカがあっ、と思ったときにはもう遅かった。 「私の誓いを受けてくださいましたその慈悲深き御心に感謝申し上げます」  謝辞の言葉と共にシュイリュシュカを軽く抱き寄せ、左手の甲に今度こそ本当の口付けを落とし、熱い舌を這わせる。 「これよりこのアストラード・ヴェストランディアが貴女の盾となり剣となりその御身をお護りし、生涯の献身を捧げましょう」  完璧過ぎるほどの騎士然とした態度に聴衆から歓声があがった。  おめでとう、と次々と祝辞が述べられる。  これによりシュイリュシュカは逃げ道を失ったのだが、逃げるどころか男……アストラードの発言とその行為にただただ茫然とするばかりだった。  忠誠の誓いは乙女の身につけている装飾品かハンカチーフを渡すことで受諾した印(しるし)となるが、古の儀式にあるようにその沈黙をもってしても成立する。さらに、本来騎士の忠誠の誓いは乙女の右手に口付けを行うのであるが、男は乙女の左手に口付けた。  それが意味することはただ一つ。  求愛である。 「約束通り迎えに来たぞ。シュイリュシュカ」  アストラードの策略にまんまとはまってしまったシュイリュシュカは言葉もなく唖然とした表情でアストラードの顔を凝視した。
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