#1 魔法の言葉

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 鋭い痛みの後に、じわりとした鉄臭さが鼻をついた。思わず身体を強張らせると心配そうにこちらを見ているのに気がつく。特にその視線に対する返事はしなかったが、相手もそれを期待していなかったようだ。上の空だった思考から現実に引き戻され、舌打ちをする。久し振りに口を思い切り噛んでしまっていた。下唇の内側、左側の犬歯の近くを舌でなぞる。傷は然程深くないようだが、ぷくりと腫れていた。嗚呼、これはきっとよく滲みるやつだ。僅かな異変に気が付いて覗き込んでくる大きな目。酷く不機嫌そうな顔をした自分が写り込む目を見つめ返す。左手の人差し指で、下唇を引っ張り小さな傷口を見せてやる。これはなかなか……、と神妙な顔つきでよく分からない感想を述べられた。引っ張っていた指を離し、痛いと声に出さず口の動きだけで伝えると、困りましたねとしんみりと瞬きをする。いつもよりも数段優しく左頬を包まれ、ゆっくりと撫でられる。頬に触れている指先がぼうっと熱を帯びていた。 「痛いの痛いの、飛んでいけ」  小さな声で繰り返される呪いを聞きながら、目を閉じる。自分が些細な怪我をする度に、飽きずに呪いをかけるという儀式染みたことがいつから始まったのか思い出すのは少し時間が掛かりそうだ。
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