第5章 今度は捨てないでね

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第5章 今度は捨てないでね

 朝、松本理央は出勤する夫を送り出す。 彼女自身は育児休暇を取り、3か月の娘の面倒を見ている。 首が座り、抱っこしていても不安は感じなくなった。  10代の頃は随分と遊んでいた。 堕胎した事もある。K駅近くにある産婦人科で、親に内緒で手術した。  当時の貯金で費用が足りたのは、運がよかった。 かなりの不良少女だったことは夫も知っているが、これは流石に話していない。  昼前、家事の合間に子どもの様子を見に行く。 ベビーベッドの上で、娘がじっとこちらを見つめている。 話しかけてやると、ガラス玉のような目が動いた。 「今度は殺さないでね」  小さな子供の声が背後から聞こえた。 振り返ると、長い髪で顔を隠した幼女が立っている。  夫が帰ってきたとき、そこに妻の姿は無く。 自宅には妻のものと思しき大量の血痕と、骨の一部があちこちに散らばっていた。 それは怪力の変質者か、さもなくば幼い子供の仕業と思えた。 ★  彼女はN市で無くなった赤ん坊の中の一人だった。 肉体が滅んだ後、魂だけで街を彷徨った彼女は、幾つもの想念を喰って成長する。  異界で踊る少女によって名前を与えられた時、彼女は生まれ落ちた。 噂を呑み込み、己の一部とする。街に根を張る悪霊として。
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