第2章 ゆうひちゃん

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第2章 ゆうひちゃん

 T区にある市立松道高校の3年生教室。 窓の外では、水滴が勢い良く降り続いており、通学する生徒や教職員を辟易させた。  HR前、美しい少女が窓際の席に座り、曇り空を面白そうに眺めている。 その顔は、空の上になにかいると言わんばかりだ。夢見るような瞳が、僅かに揺れる。 「おはよー、チヅ」  上田千鶴(うえだちづる)は、声の方に顔を向けた。 幼馴染の平岡幸喜(ひらおかこうき)は見咎めたように言う。 二人は同じ高校に通い、現在は同じクラス。 「外に誰かいたか?」 「うーん、なんにも」  幸喜は千鶴の隣の席に、鞄を置く。 風景画の一部のような彼女を放って、友人と談笑を始める。千鶴に接する座席には、幸喜しか座っていない。 背を向けながら、彼は安心していた。 小学校時代にはいじめもあったが、高3になってまでやるようなガキっぽい奴はいない。 彼女に自分と同程度の学力があってよかった。  もし別の学校になっていたら、悲しい生活を送る事になったかもしれない。 容姿が良い事もあり、札付きの連中に目をつけられると厄介な事になりかねない。 (浮いた話はついに聞かなかったけど…)  談笑中、素っ頓狂な声が耳に飛び込んできた。 卓を囲む宮上がスマホの画面を見ながら、顔を真っ青にしている。 「どうした?」 「いや、これ……」  幸喜は画面をのぞき込む。 見ると画面上のアイコンが、すべて戯画化された幼女の顔に変わっている。 アニメ風の画像の下には、同じ文字列が並んでいた。 「ゆうひちゃん?」  幸喜は首を傾げた。 ジョークアプリか、ウイルスか? 幸喜は大して気に掛ける事無く、不用心な友達を軽く叱る。 四苦八苦してどうにかアイコンを元に戻した頃、担任が教室に入ってきた。 「帰ろうか、コーキ」  一日の授業が終わる。 千鶴はいつものように、幸喜に呼びかけた。 「いやー、ごめん。今日用事あるから、先帰ってて」 「そう。わかった」  残る理由も無かったので、千鶴は下校した。 残っていたクラスメイトが、顔を見合わせる。 彼らは千鶴に聞こえない程度の声量で、囁き合った。 「どうしたの、平岡?」 「あー、なんか彼女出来たらしいよ」 「え!上田さんと付き合ってんじゃないの!?」  二人が親密であるのは、既に学校中が知っていた。 小学校からの付き合いだと、両者が認めている。交際しているものと思っていた生徒もいたくらいだ。
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