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第3章 寂しい女
斎藤大和は深夜のM区をタクシーで走行中、不思議な人影を見かけた。
ワンピースを着た、長身の女性。顔立ちは整っているが、纏っている雰囲気が陰鬱すぎる。
20代にも見えるが、40過ぎにも見えた。女一人にしては、時間が遅い。
「乗っていきますか?」
「お願いします」
震える声で女は口にする。
泣きそうな印象を受けた大和は、彼氏と喧嘩でもしたのだろうかと思った。
「Kまで」
大和のタクシーが女を乗せて走り出した。
「何でこんな時間に一人で?この辺、遊ぶところも無いでしょ?」
二人は川の上を通り過ぎる。
女は小さい声で、恋人と遠出した帰りだと言った。
口論になり、途中で降ろされた彼女は、ここまで歩いてきたらしい。大和はやはりそうか、と納得する。
(いや…なんか変じゃないか?)
山道じゃあるまいし、交通手段なんてすぐに見つかるだろう。
疑問に思ったが問う事はせず、大和は女とやり取りを続けた。
張り詰めた雰囲気が声を掛けるのを躊躇させるが、夜道を無言で走るのも気が重い。
目的地で女を降ろした時には、我知らず胸を撫で下ろした。
「あの…」
女がこちらを見ている。
「ありがとうございました」
「いえいえ、それじゃ」
寂しげな微笑に別れを言い、大和はタクシーを走らせる。
陰気だが、笑った顔は存外可愛かった。現金な男だ、と自嘲しつつ、大和はこの夜に幕を下ろした。
★
一週間以上経った頃、錦通をタクシーで流す大和の前に女が現れた。
ワンピースではなく、グレーのビジネススーツに身を包んでいる。
仕事中だろうか?ギョッとしつつも、顔には出さず、大和は接客する。
「Fまで」
走行中、女が無言なのが気になった。
久しぶり、と声を掛けるべきか?いや、彼女は友人ではなくお客様だ。
気にし過ぎか、口を開いた刹那、女の声が車内を満たす。
「お久しぶりです」
「あ、えぇ…お仕事中ですか?」
「はい。得意先を回っている最中で…」
それから二人は、当たり障りのない話をした。
件の彼氏とは、まもなく別れたらしい。大和は強い口調ではなかったが、女に賛同した。
喧嘩した相手を夜道で降ろすなど、男のやる事ではない。目的地で彼女を降ろした際、相手が声を掛けてきた。
「あの…LINE教えてくれますか?」
「はぁ…?」
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