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第4章 ちづるちゃん
千鶴は振り返り、去っていくドライバーに憐憫の視線を送った。
あの男は寂しさや独占欲の怪異に、目をつけられている。遠からず引かれてしまうだろう。
2人の交際が円満に続く事を願って、千鶴はK駅から徒歩8分ほどの場所にある、小さい公園に足を向けた。
入口の先に滑り台。右手にベンチと水飲み場、その奥にブランコ。左手には公衆トイレ。
滑り台に、一人の幼女が座っていた。
手入れのされていない黒髪を肩まで伸ばし、顔は窺えない。
オレンジのシャツを着ているが、染みたような汚れが目立つ。
千鶴は化け物のような子供に近づき、長年の友達のように声を掛けた。
「ひさしぶり、ゆうちゃん…」
千鶴はゆうひと初めて出会った頃を思い出していた。
「おはよう、ほそいおじさん!」
5歳の千鶴は朝、家の住人に挨拶をして回る。
戸棚の隙間に隠れているおじさんに声を掛けた後、踊り場の窓に座る妖精に微笑みかけた。
一階に降り、千鶴は居間に入る。縁側から庭の生垣に隠れているものに声を投げた。
「おはよう、かえるのおうさま!」
「千鶴!いい加減にしなさい!」
千鶴はきょとんとした顔で、振り返った。
血相を変えた母親が、阿修羅のように娘を見下ろしている。
「だって…」
「だってじゃない!何もいないところでいつもいつも!あんた、来年小学校上がるんだからね!」
やがて居た堪れなくなった父親が、母親を部屋から出した。
それからすぐ、くぐもった口論が、千鶴の耳に届く。それを聞くでも無く聞きながら、幼女は首を傾げた。
「なんでおこってるんだろうね?」
傍らに座るグレムリンに問うが、答えは無い。
千鶴は外出する事にした。また怒鳴られるのも嫌だから。
彼女はゴムボールを抱えて、近所の小さな公園に足を向けた。
公園はいつも通り千客万来。
襤褸をまとった子供達や母親らしき女性達、二本足の猫で埋め尽くされている。
彼らは千鶴がやってくると、そっと場所を空ける。足の向かう先に、見慣れない女の子がいた。
「だれー?」
少女は無言で顔を向ける。
顔は髪で隠れていたが、こちらを見ている事が千鶴には分かった。
「いっしょにあそぶー?ボールもってきたよ」
それから二人はブランコやボール遊びで時間を潰した。
千鶴はわからず屋の母親や、事なかれ主義の父親の有様を、5歳児なりに愚痴る。
空がオレンジになる頃、千鶴は幼女からボールを受け取った。
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