第4章 ちづるちゃん

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「ねぇねぇ、わたしと友達になろう!わたし、ちづる!」 「…ちづる」  その時、千鶴は初めて彼女の声を聞いた。鈴が鳴るような、愛らしい声だ。 嬉しくなり、身を乗り出すように言葉を重ねる。 「あなたのなまえは?」  幼女は悲しそうに首を振る。 彼女は悲しんでいる、と千鶴は感じた。 「……ないの?」  幼女は首を縦に振った。 「じゃあ、私がつけてあげる!ん~……、ゆうひ!」 「ゆうひ…」 「ゆうひ!」  千鶴はこれまでにない勢いで、はしゃいだ。 もう少し話していたいが、この辺りで帰らないと母親がまた機嫌を悪くするかもしれない。 「またあそぼうね!ゆうひちゃん!ばいばーい!」  これが千鶴とゆうひの初めての邂逅。 それから学校に上がり、嫌な事も色々と経験したが、ゆうひがいるから平気だった。 中学に上がった頃、彼女はN市に伝わる幾つかの都市伝説を耳にする。 他愛のない占いから、死人を出す怪人まで多彩な噂があったが、彼女はそれらを一個のワードで結ぶことが出来た。 ――ゆうひだ。  それらは全て、ゆうひから派生している。 根拠はないが、直感によって、千鶴はそう受け止めた。 しかし人に話したことは無い。この頃には自分と周囲で、見えているものに著しいズレがある事を了解していたからだ。  それにゆうひなら、自分と周囲の隔たりを埋めてくれるかもしれない。 自分と両親が不仲なのも、2人が街中にいる「人でないもの」を見れないからだ。 この友達が大きくなって、両親や友達にも見えるようになれば、彼らとも仲良くなれるだろう。  その為に、彼女は幾つかの噂を撒いた。 そのうちの、芽を出したものが、恋人と喧嘩した女の話。 気にかけてくれた男と番う、夜道を歩く若い女。彼女と懇ろになった男がどのような末路を辿るかは、千鶴にさえ分からない。 (噂なんて、そんなものでしょう?)  まだ彼女は、余人には見えないらしい。
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