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 あたしはずっと思っているのだけど、恋人が隣にいるのに、指を這わせるのが恋人の手とかじゃなくて液晶のタッチパネルって何なの。そんなに最近のスマートフォンは手触りがいいの? あたしだって一応スキンケアには気を遣ってるのに。本当はそのへんで売ってる安いハンドクリームでいいやと思ってるのに、少しでも彼の気を引こうと思ってピーチのにおいがするすごい高いやつを買ったにもかかわらず、彼は未だにスマートフォンから指を離そうとしない。というかあたしの塗りたくったハンドクリームからそんなにおいがするということすらも、彼は下手したらわかっていないかもしれない。  あと、あたしは彼と最後に会ってから今日までの間に、髪を結構ばっさりと切ったし、色も染めた。あまりにも思い切って切り過ぎたので、職場の同僚には「振られちゃったの?」と言われたくらいだ。しかしながら、彼からはそのことに未だ言及がない。今日、代官山の駅で彼と待ち合わせて、出会って交わした言葉は未だに「おう、行こうぜ」の一言だけだ。なにそれ。これが戦争映画だったら三秒後には死んでいそうな台詞だ。  電車は、もうすぐ渋谷に滑り込むらしい。アナウンスを聞いて、皆がばたばたと下りる準備をはじめた。彼と同じように、スマートフォンの画面を凝視していた人々も、はっとした顔をしてスマートフォンを鞄にしまい込んだり、ポケットに突っ込んだりしている。中には、それでもスマートフォンを見つめる視線を逸らさず、感覚だけで近くのドアに歩き出す人もいた。頭の先っぽを振りながらそうやってドアに向かう様子を見て、おまえは潜水艦か何かか、と言いたくなる。それでも器用に人とぶつからないように歩いているから、本当にセンサーか何かが頭に仕込まれているのかもしれない。
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