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人の波を抜け出したとき、村瀬は本当に海の中から顔を出したように息を吐き出す。バーカウンターに腰かけ、頭を抱えた。
「悪かったな。来るように仕向けて」
瀬谷はぼそりと村瀬に言った。グラスのなかを揺れる氷を見つめ、村瀬の顔をみることができない。
「仕向けたの?」
村瀬がきょとんとした顔で聞く。瀬谷も開いた口がふさがらなかった。
こいつは馬鹿らしい。
「“冴島“が行きたいなら、行くんだろ。自覚ないのか?」
「…ああ。由奈ちゃんは………来ないよ。」
「なんで?」
「静かな人なんだ。音楽とかダンスとか、興味ないし。」
「よく知ってるのな」
瀬谷は青白く浮き上がる村瀬の輪郭をなぞるように聞く。
「知ってるよ………。あの人が…自首するまで俺は逃げないよ。」
瀬谷はただ頷いて聞いていた。
「瀬谷って………優しいね。」
「は?」
驚いて聞き返す。和馬はバーテンダーと話し込んでいて、こちらを気にしていない。
「優しくなんかないぞ。」
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