【第三章:風の狩場とカルマの谷 十五】

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「何より我が種族は禽獣の王、天と地の間を繋ぐ者。  地上を這う生き物で我らが空に運べぬものはない。  お主らなど、まとめても羽根の一枚と変わらぬわ」  ザガンは鷲の鋭く曲がった(くちばし)で笑った。  空中を蹴って走る逞しい足は獅子そのもので、彼の種族が鳥と獣の王と言うのも頷ける。  しかも体長は長い尻尾も合わせて五メートル近くあり、翼幅は広げれば十メートルにもなる。  虚勢でも誇張でもなく、象でも軽々と運んで飛べそうだ。  ネコタミたちにも航空機のような物を作る技術はあるらしいのだが、彼らは『地の種族』の慎みとして、単独で高空を飛ぶ飛行機のような大型の機械は基本的に制作しないらしい。  よって、空を高く飛んで移動する必要がある時には、あえて天に属する者の力を借りる事が多く、これは魔獣との信頼関係の証でもあり、相互にとって名誉な事でもあるのだそうだ。  もちろん緊急用のシステムとして、何かあれば飛車単体でも浮遊・飛行できる仕組みになってはいるのだが。  やがてザガンは大きくせり出した特徴的な形の巨大な岩場に、ゆっくりと飛車を着地させた。  約三百メートル真下に馬蹄形に流れる大河を臨むその 崖は、豊かな水量の河を挟んで三方を、身を隠せる程度には草木の生えた高い岩場に囲まれている。  観客席に囲まれた飛び込み台のようにも見えるそこは、ギンコの店で見たタロットカードに描かれた『愚者』の絵の光景にも似ていた。 「『愚者の崖』って言うの。  ここに岩イノシシを誘い寄せて、ボクらが三方から攻撃して、止めを刺すんだ」  飛車から降りたギンコが子ネコたちを降ろしながら、川幅とほぼ同じ、二百メートル程先の三か所の岩場を指して言う。  前方と左右。ちょうど降り立った岩場を三角形に囲む形だ。良く見ればやや下方にそれぞれの岩場を繋ぐ細い吊り橋が幾つか架かっている。  強い風と水流に浸食された岩場は、うねる水龍のような独特の奇景を形成し、その下を流れる河は距離があるためにゆったりとして見えるが、流れは速く、翡翠かエメラルドのように深く美しい緑色をしている。  突然の来訪者に驚いた鳥たちが、崖下に一つ石を落として飛び立っていった。
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