【第三章:風の狩場とカルマの谷 十五】

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「……まず、ある意味、こちらで飼われている魔獣たちは、魔境(あちら)では死んだも同然なんです。  下に流れる河がありますよね。  魔獣のほとんどは卵生なんですが、あちらの世界での魔獣同士の戦いや地殻変動によって、時に彼らの卵や、幼生が流れてくることがあります。  成体では魔力の消費量も大きいので、生きたまま流れてくる事はほとんどないのですが……。  亡くなった母体に残された卵としてという事も、まれにはありますね。  その時は、魔境の土砂などを含んで河の水が赤黒く染まるので、皆、流れて来るものに注意を払います。  そして、もし魔獣の卵や幼生が流れてきた時は、拾い上げ、育てます。  (かて)として与えるのは、個人の魔力の込められた魔頤丸です。  それを食さず、死んでしまう個体もありますが、食べて生き延びる個体もあります。  糧を食べたその時点で『魂の契約』として、その魔獣は魔力を込めた者の使い魔となるのです」  ブラッドは、右手上方遠方に魔境の山脈を示しながら話を続ける。 「魔境では魔力が満ちていますし、食物連鎖で魔獣同士の体から魔力が摂取できますが、幼少時から魔頤丸で育った者は、術者の魔力に満ちた魔頤丸に体が慣らされているため、あちらでは受け入れがたい『匂い』が付くのです。  魔境では異端者として襲われる確率が非常に高いですし、一度こちらの世界に流されてきている時点で魔獣世界での落伍者と見なされていますから、制裁を受けることもあります。  成体となってあちらに帰ったところで、生き残れる者は僅かです。  こちらの世界で生きると決めたからには、こちらの世界の者として生涯を終える。  それが彼ら使い魔として生きる魔獣たちにとっての、プライドでもあるのです」  ブラッドは、どこか厳しい表情で話を終えた。 「じゃあ、帰りたくても帰れないんだ……」  スズには、元の世界から放り出された自分と、魔獣たちがどこか似ているように感じられた。  やがて岩場から森に入る境目が見えてきた。  木陰では羽狼のキアスが青色の体を休ませている。
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