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【第三章:風の狩場とカルマの谷 十七】
「さて、そんな麗しのキアス嬢に招鳥になってもらうために、これを使います」
ブラッドは懐から掌程の大きさの丸い物を出した。
やや厚みがあるが、女性が化粧で使うコンパクトのような形だ。
それは美しく巨大なブルームーンストーンやブラックオパールを繊細な彫刻で包み込んだような、銀の香炉だった。
周囲はぐるりと細かな銀細工で出来ており、花の咲く小枝に三羽の小鳥が遊んでいるという意匠だ。
そしてそれらが取り囲んでいる中央には、月光のように不思議で魅惑的な光をたたえた、大きな宝石がはめ込まれている。
その内側から発せられる青い光は、時に揺らめくように夜空の紺になり、それが渦を巻くように虹色を帯びた明るい青に変わったかと思うと、ふいに雲が流れるように白くなった。
月の青い光を捕まえようと見つめれば、風が白い雲を運び、やがて全てが紺碧の夜の闇に消え入るような、儚くも永遠に変わり続ける美。
風の流れの速い夜、いつまた雲間から月が出るのかと、時を忘れて魅入ってしまうような、幻惑的な美しさを、その石は醸し出していた。
「これは、『天風香』と言います」
その美しさに思わず惹き込まれていたスズは、ブラッドの言葉にようやく我に返った。
「対象となる動物の一部、例えば毛や爪や骨などをこの香の中に入れて一緒に炊き上げることによって、対象動物のフェロモンとよく似た物質を発生させることが出来ます。
いわゆる『媚薬』と言っても良いですが、同時に精神感応型の魔力も含ませているので、対象にとっては完璧な異性の個体だと錯覚するのです。
我々にとっては、絶世の美女や天女様というところですね」
「つまり、キアスがとっても魅力的な岩イノシシに見えちゃうってわけ。
ついでにキアスの狼臭や、ボクらの匂いもごまかせちゃう」
ギンコが補足する。
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