第一章 日常

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 私の隣の子は美影(みかげ)典子(のりこ)。  私の名前を、最初から正しく読んでくれた数少ない人の一人。  あれは入学式の日のことだった。  式のあとクラス分けがあり、各教室に分かれて名簿順に席についた。  机に銘々の名札が立っていたけど、同じクラスに知り合いも居らず、見ず知らずの人に 声をかける勇気もなくて、緊張して座っていた。  そうしたら、 「心美(こはる)さんて読むの? 素敵な名前ね」  と声をかけられた。  顔をあげると、清楚な日本美人が目の前に立っていた。  腰近くまである長い黒髪。京人形のような白い肌。  神秘的だ。  私は、ガタガタと音を立てて立ち上がり、その子の手を取って 「宜しくお願いします」  と挨拶した。  その慌てっぷりが可笑しかったのか、その子はクスリと笑った。  それが、典子との出会い。  整った顔立ちに、艶やかな長い黒髪。誰が見ても美人の部類に入る。  けれど、その顔に微笑みが宿ることは滅多になく、必要以上に口を開くこともない。  それを、酷薄、無愛想という人もいるけれど、それが彼女の個性なんだと私は思う。  彼女は、いつも左の腕に肌色のサポーターを巻いている。子供の頃に負った火傷の痕を 隠すためだと聞いた。その事が、彼女の内向的な性格を作っているのかもしれない。  典子は、休み時間には必ず教室の後ろの壁にもたれて本を読んでいた。  お昼休みも、同じ場所でオニギリを食べる徹底振りで、壁際の花と呼ぶ人もいた。  私も読書好きで、一人で居ることが多かったので、入学式のこともあり、4月の天気の 良い日に声をかけて友達になった。  典子とは、それ以来の付き合い。
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