第一章 日常

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 急いで逆戻り。 「お婆ちゃん、どうかしたの」と声をかける。 「ん!?。 あんた、この人の知り合い?」  運転手が先に返事をする。 「いいえ、違います。でも…、何かあったんですか?」 「この人、お金払う段になって、財布を忘れて来たって言いだしてさ…」  ごめんなさいねぇ、お婆さんが、申し訳なさそうに頭を下げる。 「それじゃ、私が代わりに払います。幾らですか?」  そんなことして貰うわけにいきません。とお婆さんが遠慮する。  運転手は不愛想に金額を告げる。 「分かりました、じゃあこれ」  と言われた額を差し出した。  それから、お婆さんの方を振り返り、 「お婆ちゃん。お金がないと、帰りが困るでしょ」  と財布の中身を全て渡す。 「ありがとう。お嬢ちゃん。必ず返します、名前を教えて頂戴」 「いいです、いいです。それに、いま急いでるんで…」  私は、学校に向かって走り出した。  お婆さんが私を呼ぶ声が次第に遠ざかる。  嗚呼。いい事したあとは気分が良い。  今日の空みたいに晴れやかだ。  って、それどころじゃない。これじゃ完全に遅刻だよ。  私は、学校へ向かう足の回転を速めた。  
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