第一章 日常

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 私の名前は相川(あいかわ)心美(こはる)。  ごく普通の高校一年生…と、自分では思っている。  心が美しいと書いて『こはる』と読む。  自分でも気恥ずかしくなる名だ。  この名前を、初見で正しく読んでくれる人は少ない。  けれど、そのお陰ですぐに名前を覚えて貰えるので、心美という名は気に入っている。  この名前のせいなのか、私には変わった才能がある。  典子も言っていたように、私には困っている人を見つける才能があるようだ。  しかも、どうしても手を貸さずにはいられない。  時には、自分が損をすることもあるけれど、性格なんだから、どうしようもない。  私がこういう性分になったのには訳がある。  小学校4年生の夏、親戚の人たちが集まり、近くの河原でバーベキューをしていた。  その最中、私はトンボを追いかけていて足を滑らせ、川に流された。  いくらバタ足をしても、瞬く間に岸から遠ざかる。  助けを呼ぼうにも、息が出来ない。  視界が水と空だけで満たされていく。  ああ、これで私の人生は終わるんだ。驚くほど冷静に、そんなことを考えた。  その時、誰かが水の中で私を抱きかかえ、橋の下の茂みに引き上げてくれた。  助けてくれたのは男の人で、服が流されたのか胸がはだけていた。  その胸に、火傷の痕があったのを、今でもハッキリと覚えている。  私を探す親たちの声が近づいてくると、その人は黙って立ち去ろうとした。  私が 「名前を教えてください。お礼がしたいです」  と言うと、 「名は言えない。恩返ししたいなら、きみの周りの困っている人を助けて上げなさい」  と答えて、そのまま消え去ってしまった。  それ以来、困っている人を見かけたら、必ず手助けするようにしている。  そうすることで、また、あの人に会えるかもしれない。そう、思えたからだ。  やがて、人助けを繰り返すうちに、それが私の人となりになった。  周りからお人好しと言われる事もあるけれど、私はこんな自分でよいと思っている。
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