愛は萌えで十分だ

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 会場のホテルに着いたのは開始時間を少しすぎていた。  周りはきらびやかな男女がいけす中の魚のように泳いでいる。美術部――という名の漫研にいた仲間はいないようだ。  当たり前だ。私だって来たくなどなかった。  二次会には出席せず漫画喫茶で時間を潰そうと壁際の椅子に座って、予想に反して美味しい料理を黙々と食べていた。 「美味しそうに食べてるね」  頭上から落ちてくる声に顔をあげると爽やかイケメンくんがこちらを見ていた。人違いをしているのではないだろうか? とはいえ無視するわけにもいかない。 「お昼ご飯食べてる時間がなくて」 「そっかー。何が美味しかった?」 「サーモンのバシルソースがかかったのと……エビチリと、あとチョコレートケーキかな」 「すごい食べたね」  愉快そうに笑うが、ごめん。ほぼ全部食べました。 「あの……誰かと勘違いしてませんか?」  確認をとる。高校時代、男子と会話なぞした記憶はない。というか存在を認知されていたのかさえ危うい。 「いや、君が美味しそうに食べてるから来てみたんだ。俺は二組にいた近藤孝っていうんだけど覚えてないよね。バスケ部にいたんだ」  うん。覚えていない。しかし名乗られたからには答えねば。 「米田杏子といいます。五組でした」 「ごめん。覚えてないや」  それはそうだ。全クラスが集まっているのだ。テーブルが組み別けされているのでわかるだけだ。 「私も覚えてなくて。ごめんなさい」 「いや気にしないで」  ――いえいえ、こっちこそ気にしてません。というか早く去ってください。メシのおかわりに行けません。  それ以上話すこともないので黙っていると「近藤! もーなんでいなくなっちゃうの!」と憤慨しながらも甘えた声を吐き出しながらこちらへ向かってくる女がいた。苦手なタイプが服を着て歩いている。  即座に『私はいません。無関係です』オーラを出す。 「うるっさいなーもー。いま米田さんと話してんだよ」 「……米田……? ハァ? 米田ってあの米田!?」  どこの米田を指しているのか知りませんが、私は米田ですと思いながら視線は逸らしたままでいる。それでなくともでかく、けばけばしい目がこちらを向いているのだ。あんた誰ですか。
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