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店を出ようとした時――ふと思い出した。
「そういえば、さ」
振り返った理由は自分でもよくわからない。ただ、気になった。
「俺が接客してた客……えーっと、子供みたいな顔をしたスーツの男」
「ああ、あのワンちゃんか」
名前はまだ覚えている。実月。
いつもなら客のことなんてその場限りなのに、名前どころか顔や声、頼んだドリンクまで頭に残っている。
俺が店を出た後、あいつはまだ飲んでいたのだろうか。それとも誰かを買っていったのだろうか。
「あのワンちゃんがどうした?」
古狼に聞かれて、俺は我に返った。
俺が出て行った後の話なんて聞いてどうする。ここはオメガとデートする店だ、あいつが誰を買うかなんて気にしちゃいけない。
どうせ、もう会うこともない。店に馴染んでいる様子もなかったし、二回目の来店はないだろ。
考えるだけ無駄だと結論を出して、「ごめん、なんでもない」と古狼に答えた。
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