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目的地だった公園が見えてきて、俺は足を止めた。「じゃ、またお店にきてよ」と声をかけて別れるつもりだったのだが――
公園の前。着ていた赤いブルゾンの袖を、引っ張られた。
実月が、俺を引き留めている。
「何。どーしたの?」
「流加くん。あの、」
次に紡がれる言葉を予想し、俺は期待のような失望のような、複雑な顔をしていたと思う。
家ナシのバー従業員への同情だけなら、屋根のある場所で眠れることを嬉しく思って受け取るだろう。だから期待もしている。
でも失望もしていた。俺を家に招いて、エッチなことをしたいだけかもしれない。店で俺を買うのではなく直接買おうとしている、狡いアルファなのではないか。そうであったのなら俺は実月に失望してしまうだろう。
だから複雑だった。家に招いてほしいけど、招かれたくない。このまま突き放してくれれば、公園で眠って、何も変わらない明日がくるのに。
「僕の家にきませんか? 部屋が余っているんです」
ああ、やはり。予想通りの文句と差し出された手に、悩む。
この手を取らなければ間違いなく公園コース。ベンチで寝て、起きて、どっかでシャワーを借りて出勤。
手を取らない方が何の変化も起きないのだとわかっている――けど。
「……いいの?」
その細くて綺麗な手を掴んでいた。
実月がどういうつもりで俺を招いたのか、試してみたかったのかもしれない。井戸があれば深さを知りたくて覗きこんでしまう、それに似ている。
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