2.やさしさに溺れて

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***  久しぶりの、一人だった。  目が覚めても隣には誰もいない。近くで人が寝ている気配もない。密室で一人、寝ていたのだ。  枕元に置いたスマートフォンで確認すれば時刻は十時。途中で起きることなくぐっすり寝ていたため、体がバキバキに固まっていた。だが公園のベンチやネットカフェと違って疲れは取れている。  体を起こして、まずドアを見た。  ぴったりと閉まったままだ。たぶん、実月はこの部屋に入っていない。もし開く音がしていたら、さすがの俺も起きたと思う。 「……はぁ」  寝起き一発目にため息。  手を出されないのは初めてだ。  そういうアルファがこの世に存在するのだと驚いて、少しだけこの世界に嬉しくなっていたりする。でもそれは、俺に価値がないということでもある。ヤりたいと思ってもらえるほどの魅力がなかった。その烙印を押されてしまったようで、嬉しい反面悲しくもあった。  考えれば考えるほど、寝起きの頭がごちゃごちゃと渦巻いていく。胸の奥が引っかかって、そのもどかしさは苛立ちに変化した。今、ここに空き缶が落ちていたら蹴っ飛ばしていただろうな。 「……起きるか」  ざわつく頭を止めるべく立ち上がり、ベッドを整える。適当なベッドメイキングしか知らず、仕上がりはひどいものだったが、誠意が伝わればいいだろ。  そうして俺なりに片づけ、荷物を持って部屋を出た。
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