2.やさしさに溺れて

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「おはようございます」  部屋を出てまず実月と目があった。キッチンに立って、料理をしているらしい。部屋は暖かく、良い匂いが漂っていた。 「そこに座ってください。もうすぐ出来ますから」  出来るって何が? 質問しようにも実月は忙しそうにキッチンで作業していて隙がない。  泊めてくれたお礼を伝えずに去るのも嫌で、俺は実月の手が空くまで指定された椅子に座って待つことにした。  キッチンカウンターを挟んで向こうに実月が見える。ここから見える顔は昨晩と変わらず可愛らしいままで、ほんのりと笑みを浮かべながら何か作業をしているようだ。湯気がのぼって、それからコーヒーの匂いがした。  もしかして……俺の朝飯か? 出会った男を一晩泊めて、さらに飯まで食べさせるなんて、そんな優しい奴がいるのかよ。  俺の疑問に答えるように、トレーを持った実月が戻ってきた。 「お待たせしてすみません。家にあるもので作ったのですが、お口に合えば……」  焼きたてのトースト。ハムとレタスのサラダにスクランブルエッグ。ほかほかの湯気がたったコーヒー。ホテルの朝食を思わせるメニューだ。 「これ、あんたが作ったの?」  俺が聞くと実月は恥ずかしそうに頷いた。  こんな飯、久しぶりだ。朝食なんてコンビニのおにぎりかパンだったのに。  実月は対面の椅子に座り、感動して手をつけられないでいる俺の様子に首を傾げた。 「苦手な食べ物、ありましたか?」 「いやいや! 俺程度にこんなご馳走いいのかな、って思ってさ」 「ご馳走じゃないですよ。さっきも話した通り、残り物です」  それから実月は、一人暮らしで食パンを買っても余らせてしまうから困っていただの、卵の賞味期限も近かったからだのと主夫じみた話をしてくれたが、俺は朝食の美味しさに夢中で、適当に相槌を打つことしかしていなかった。
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