2.やさしさに溺れて

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 こんなに美味い飯。綺麗な部屋。キングサイズのベッド。何もかもが俺に不釣り合いだ。これで昨晩、実月とヤっていたら、気分は違ったのかもしれないけど。  だが楽しそうに喋る実月は、そういったこととは無縁の子供みたいな顔をして喋っている。  バーで飲んでいる時もそう。こいつはアルファで、犯されるより犯す側の人間なのに、そういう姿がどうしても浮かばない。  早く出て行こう。胸がもやもやと痛むのが嫌で、答えの出ない悩みを続けたくなかった。何も考えないでいられる夜の世界が恋しい。  急いで朝食を食べ終えると俺は実月に言った。 「泊めてくれてありがと。助かったよ」 「気にしないでください。部屋も余っていたし、それに今日は会社も休みなので」  実月は嬉しそうに「土曜ですからね」と言った。そういえば土曜日だった。ということは今日は忙しくなりそうだ。 「またお店に来てよ。いつでも待ってるから」 「はい。流加くんも泊まるところがない時は相談してくださいね」  そういう時があっても相談しないけどな。心中とは真逆に笑顔を作って「はーい」と可愛らしく返事をして立ち上がる。  居心地の良い部屋だった。キングサイズのベッドも、朝食も、ありがとう。  感謝の気持ちを伝えたくてちらりと振り返れば、実月が使っていたのだろう隣の部屋が視界に入った。  ドアが開いていて――見えてしまったのだ。 「……あ」  隣の部屋は俺が使った部屋よりも狭い。だというのにベッドらしきものはなくて、あるのは壁に沿って配置されたL字型のデスクと、シンプルな二人掛けソファ。ソファにはぐしゃぐしゃに丸まったタオルケットがかかっている。  もしかして俺にベッドを譲って、実月はソファで寝ていたのか?  友達でもなく、セックスするために招いたわけでもない。人助けをして自分はソファに寝るなんて、実月は馬鹿だろ。  またしても、もやもやとしたものが胸を締め付ける。それを振り切るように俺は実月の家を出て行った。
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