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「やあやあ、ご挨拶がまだでした。ワタシ、こういうモノです。」
抱えていたトランクを脚に挟み、脱いだ山高帽を小脇に抱えると、内ポケットを弄って名刺入れを取り出す。
蕩けるような飴色になった革はトランクと同じだ。艶こそ美しいが、やはりボロボロで身形に合わなかった。
恭しく頭を下げ、捧げるように差し出された名刺を、失礼も構わず摘まむように受け取る。
“眼鏡屋 玻璃珠”
「ハリスって読むんですよ。親父が付けたんです。水晶の玉とかガラスの玉って意味らしいですがね、まったく読み悪くて敵いませんよ。まあ、ワタシは気に入っているんですがね。」
名前が読めないと見るや、男は慣れたように要らぬことまで説明した。
「それでハリスさん、眼鏡屋のあなたが私になんの用です。」
漢字を読めなかった恥ずかしさと、男の得意気な口上を遣り過ごそうと話を進める。
すると男は待ってましたとばかりに、ずいと再び近付いて言った。
「やはりあなたは頭がよろしい。実はなんと話を切り出そうかと思っていたのですよ。見たところ、あなたはお金持ちだ。そこで一つ、眼鏡を買っていただきたいのです。」
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