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警視庁の捜査一課は皇居のお濠を望む桜田門前に聳える庁舎の六階にある。
かつて新庁舎と呼ばれていたように、旧庁舎も存在していた。
相棒だった定年退職した先輩から、階段を駆け上がるとすぐ右手に並んでいた刑事部屋の話を良く聞いていた。
そこが花の捜査一課のメインストリートだったそうだ。
今の庁舎は名物の刑事部屋は姿を消した。
それでも六階の刑事部の中心は捜査一課なのだ。
大部屋は各係ごとに衝立で仕切られていて、刑事部屋の名残がみられるそうだ。
警察官だったら誰でも憧れる警視庁捜査一課。
俺も御多分に漏れることなく其処を目指していた。
だから尚更先輩を尊敬していたのだ。
俺はその人から刑事のイロハを学んだ。
だから退職後も何かと相談にのってもらっていた。
「お前さん。そのくらい自分で考えろ。もう新米じゃないんだから」
ある日お目玉を食らった。
でもそれは愛情の鞭だった。
先輩は俺を見放したのではなく、育て上げたと自負していたのだ。
「慕っている刑事もワンサカいる。皆凄腕だって言っているのに、何時までも俺を頼っちゃ他の連中に示しがつかないだろう」
「凄腕ですか?」
何かこそばゆくなった。誉め言葉と言うより、お世辞だと思っていたのだ。
言われ始めた時期、まだ先輩は現役だった。
とある誘拐事件を共に解決させたからなのだ。
だから俺の手柄ではないのだ。
それはアパートに遊びに来ていた少女が引っ越し途中の男性の部屋に引きずり込まれ、後に遺体で発見された惨たらしい事件だった。
その男性に目を着けたのは先輩だった。
引っ越しは予定通りだったので見落とされていたのだ。
「遺体の腐敗臭だ」
男性が移り住んだアパートに踏み込んだ時、俺は思わず言った。
遺体には引っ越しの際に使用したであろう布団圧縮袋が幾つか重ねてあった。
でも、僅かに漏れた臭いでピンときたのだ。
きっと男性はその臭いに慣れっこになっていたのだろう。
だからやや緩慢になっていたのだ。
それを先輩が褒め称えてくれたのだ。
俺を皆から慕われるように仕向けてくれたのは間違いなく先輩だったのだ。
だから俺は忘れない。
先輩から教えてもらった刑事の勘が難事件を解決させる糸口だと言うことを。
現場百辺は当たり前、靴底を磨り減らしながら俺は今日も事件の起きた場所へ向かうのだ。
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