マルと仲本

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「それ、ここに盆がある、この湯呑を人とするならこの盆の縁の内側が運命じゃ。この湯呑はの、それ、このように盆の内側は自由に動くことが出来る。つまりの、運命と云うものは努力次第でいくらでも変えられるものじゃ。しかしじゃ、人間にはもう一つ宿命と云うものがある。それは丁度この盆の縁の外側の事での、宿命と云うものはの、努力ではどうにもならぬものじゃ。無理に乗り越えようとすればそれ、このようにの、湯呑はひっくりかえってしまうであろう。宿命とは受け入れるしかないものなのじゃ。孝弘くんの不幸はの、宿命じゃ。努力の及ぶ範疇の外の出来事じゃ。かわいそう、確かにかわいそうではある、しかしの、彼はそれを受け入れるしかないのじゃよ」 仲本の「かわいそうに」と云う言葉に、江戸ジジイはそんな風に俺達を諭した。 人には選べないものがある。 親や生まれでる環境や、大切な人の生死、自分の寿命。 それは身に覚えのない神仏との約束。 仲本が貧乏なのも、俺のオヤジがヤクザなのも、孝弘の弟の死も、それは、宿命と云う、まるで身に覚えのない神仏との約束なんだ。 「まぁ、袖ふれあうも何かの縁、一期一会から何かを学べれば、修行の甲斐ありというものじゃで、ホッホッホッ」 ジジイが笑いながら席をたった。俺達は各々の食器を片付け部屋へと足を向ける。孝弘も黙ってその後に続く。
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