序章

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序章

 目を覚ますと、闇にのしかかられていた。しばらく宙を眺めてから、ようやくここが自分のアパートの中だということを思い出した(きょう)()は、あわてて身を起こした。  恭司はコタツで寝ていた。天板の上にはノートパソコンが置いてある。手探りでマウスを動かすと、ディスプレイはデスクトップを表示した。  闇に慣れた目にはパソコンの光でも眩しく感じる。恭司は目を眇めながら立ち上がり、蛍光灯の紐を引っ張った。闇はたちまち消え去ったが、蛍光灯の白い光は強烈すぎた。思わず呻いて自分の両目を覆う。  白光に照らし出された恭司は、栗色の長い髪を束ねもせず、肩に流したままにしていた。普段はゴム紐でゆるく一つに束ねているのだが、コタツで(うたた)()している間にとれてしまったらしい。もともとさらりとした髪質なので、束ねていても抜けやすいのだ。ちなみに、この髪の色は染めたものではない。正真正銘の地毛である。 (くそー、今何時だ?)  細い指の隙間から、コタツの上に置いてあったアナログの目覚まし時計を睨みつける。十一時四十八分。レースのカーテンだけが引かれた窓の外は暗いから、間違いなく夜のそれだろう。 (テレビ見たほうが確かか……)  恭司がやはりコタツの上のテレビのリモコンに手を伸ばそうとしたとき。  玄関で、解錠される音がした。  顔を覆ったまま、玄関ドアに目を向ける。ドアは今まさに開かれるところだった。 「(ぬま)()(きょう)()か?」  よく響く若い男の声だった。美声といってもよかっただろう。言葉こそ確認の形をとっていたが、そうであることは疑いもしていない。 「ペンネームはないな。今のところ」  額に手をやったまま、横柄に恭司は答えた。 「で? そういうあんたは誰だ?」  一九〇センチメートルはゆうにありそうな長身の男だった。黒のスーツに黒のトレンチコートと全身黒ずくめである。さらに、闇のような黒髪を腰近くまで伸ばしていた。  肌は浅黒く、顔立ちは明らかに日本人のものではなかったが、言葉には(なま)りはなく、どこの国の者ともつかなかった。  ただ、確実に言えたのは、恐ろしく整った顔をしているということだった。そう――とても人間とは思えないほど。  男が沈黙している間に、恭司はようやく蛍光灯の光に慣れ、自分の顔から手を外した。そうして改めて男に向き直った彼は、一見女性かと思えるほど繊細な容貌をしていた。ことに、今は髪をほどいたままにしているので余計にそう見える。だが、その中身は外見と一致していない――むしろかけ離れている――というのは、自他ともに認めるところである。  恭司に見つめられた男は、数秒、眩しげに目を細めた。男にも蛍光灯の光は強すぎたのかもしれない。しかし、男は光から目をそむけることはしなかった。 「我が名はナイアーラトテップ。――日本人のおまえには、これがいちばん呼びやすかろう」
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