0人が本棚に入れています
本棚に追加
藤袴
「お父さん、また窓の外を見ていたんですか」
窓側で椅子に腰をかけ、外を惚けながら見つめている父の背中に声をかける。
返事はない。
私の声には一切反応することなく、いつものように夕暮れの赤い景色を見下ろしていた。
そこからは何が見えるのか。
決まってる。
自宅の前に敷かれた黒いアスファルトの道路と、立ち並ぶ無機質な電柱。たまに車が通り過ぎる程度。見えるのは本当にそれくらい。
そんなつまらない景色を、父はほとんど一日中見続けている。
私はため息をついた。
そして、視線を父から外して髪の毛を指先でいじる。
父の痴呆が始まったのは、もういつの頃からなのだろうか。
私だって、もう随分と前のことで覚えてはいない。
母はとっくの昔に他界し、妹はすでに立派な家庭を持っており、父を私に押し付けた。
私自身、父を老人ホームに預けるお金もない。
だから、自分を養うだけで精一杯だと、あれほど反論したというのに。
今一度、私は大きなため息をついた。
「フジバカマ……」
父はそう突然に呟いた。
「フジバカマ…………あぁ、藤袴のことですか?」
そう言って私は、父の隣から首をかしげるようにして窓を覗き込む。
最初のコメントを投稿しよう!