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◆
当時の私はまだ小学生か中学生だっただろうか。いや、きっと中学生くらいだったと思う。
今でこそ髪は長く、背も人並みよりは高いが、その頃は髪も短く、背も小さかった。
そして、何より母が生きていた。
この時期、藤袴の綺麗な秋になると、私は母の実家のとある山奥の寒村を、家族みんなで訪れる。
村の風習で、秋の祭り事に参加するためである。住んでいた自宅からかなりの距離があり、一日電車に揺られながら向かう。
通っていた学校には3日の欠席を取らせてもらっていた。連絡はいつも母がしていた。
駅まで重たい着替えの入ったリュックサックを背負って歩き、切符を買い、国鉄のよく揺れる電車に乗る。
席はとてもボロくさい。
たまに、捨てられたガムが靴裏に引っ付くこともあった。
私はそんな車内で、いつも両頬に手をついて窓の外を眺めていた。
今考えたら、何一つとして楽しさのない退屈な旅であったが、当時の私は、秋になる度に胸を高鳴らせていた。
窓の奥の移りゆく景色に目を輝かせていた。
電車を降りて、少し山を登るとその村がある。
村での祭りというのは、何もたくさんの屋台が出たり、神輿を担いだりするわけでもない。
いうなら法事に近いだろう。
あとから聞いたが、村では昔から収穫の時期は、みんなで集まって祝うのだそうだ。
そして、件の藤袴。
昔こそ家の近くでも見ることの出来る花だったが、母の実家のこの村は、そんなものとは比べ物にならないくらいの藤袴が咲いていた。
きっと、この山の自然と近くを流れる小川の産物なのだろう。
私は祖母の部屋の隣にある縁側から、中庭にある藤袴たちを眺めるのが好きだった。
祭りまでには家に戻ってね。
母の実家、祖母の家に着くと、母は決まって私にそう告げた。
母はというと、まだ幼い妹を抱きながら、いつも祖母と楽しそうに話している。父は祭りの手伝いで、夜まで帰らない。
なんだか家にいても、少し、面白くない。
自宅にいるときと、あまり変わりない光景のはずなのに。
そんなとき、いつも私は縁側から離れ、玄関で靴を履く。
中庭の藤袴も好きだが、私にはここへきて一番楽しみにしていたことがあった。裏の山の中へと探検しに行くことだ。
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