藤袴

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藤袴

「お父さん、また窓の外を見ていたんですか」 窓側で椅子に腰をかけ、外を惚けながら見つめている父の背中に声をかける。 返事はない。 私の声には一切反応することなく、いつものように夕暮れの赤い景色を見下ろしていた。 そこからは何が見えるのか。 決まってる。 自宅の前に敷かれた黒いアスファルトの道路と、立ち並ぶ無機質な電柱。たまに車が通り過ぎる程度。見えるのは本当にそれくらい。 そんなつまらない景色を、父はほとんど一日中見続けている。 私はため息をついた。 そして、視線を父から外して髪の毛を指先でいじる。 父の痴呆が始まったのは、もういつの頃からなのだろうか。 私だって、もう随分と前のことで覚えてはいない。 母はとっくの昔に他界し、妹はすでに立派な家庭を持っており、父を私に押し付けた。 私自身、父を老人ホームに預けるお金もない。 だから、自分を養うだけで精一杯だと、あれほど反論したというのに。 今一度、私は大きなため息をついた。 「フジバカマ……」 父はそう突然に呟いた。 「フジバカマ…………あぁ、藤袴のことですか?」 そう言って私は、父の隣から首をかしげるようにして窓を覗き込む。     
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