ポケットにすら嫉妬する

3/3
5人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ
「お前…」 「ああ?!」 言いかけて言葉を切る。ギッと睨み付けてくるその目元も、心なしか少し赤くなっているような気がした。 相変わらず会話はさせてもらえないが、今はそんなこと特に気にはならなかった。それよりも、普段あれだけすぐに手が出るこいつが、なぜ全く手を出してこないのかのほうが気になり手元を見ようと視線を少し下げる。普通あるはずのところに、手はなかった。 お、と思いよく見てみると、その手はズボンのポケットにきっちり収められている。それほどまでに寒かったということか。普段のように俺を攻撃するより、今日はポケットを優先するのか、と、よく分からない感情が芽生えた。 そう思ったら、手が勝手に動いていた。 「あ?!なにすん」 「俺があっためる」 「ハァ?!」 ポケットから無理矢理手を出させ握りこむ。ひんやりと冷たいその手のひらは、少し固くて厚みがあった。節ばった指先はさらに冷たくて、ぎゅっと握ると自分の体温が奪われていくような錯覚さえした。 「てめ、何してんだッ」 「ほら。……あったかいだろう?」 言いながら、両手で包み込むように握る。僅かに腕を引く素振りを見せたものの、無理に引き剥がされることはなかった。 「…………あほか」 顔を逸らしてぽつりと呟くように吐き出されたそれは、言葉とは裏腹に柔らかく響いたものだから、目を見開く。すぐに振りほどかれると思った手のひらも、意外にも受け入れられてしまって少し焦った。 冷たかった指先が、俺の体温と混ざり合い、ほんのりと温かくなったような気がした。 冬は人肌恋しくなる、というけれど、誰しもがそういう感情を抱くとは限らない。 少なくとも俺は、今までそう感じたことは1度もなかった。 では、俺の、今のこの感情はなんだと言うのだろう。 いつもなら向けられるはずの手のひらが、今日はポケットに仕舞われていたのがなんだか気に食わなくて、思わず掴んでいた。冷たい指先をぎゅっと握って、体温を分け与えて温めて。これは、人肌恋しいから? わからない。自分でも、この感情がどういうものかわかっていないけれど、1つだけはっきりとわかったのは、寒いならポケットより俺の手を選べよ、と思ってしまったということだ。 だから、もし拒否されないのなら、寒い日はまたこうして、手を差し出してみようと思った。 『ポケットにすら嫉妬する』 END.
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!