赤ずきん研究 【20人目の狼】

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ヒトの姿をしながら「狼」と呼ばれる青年は、森の奥深く、泉の近くの廃屋寸前の小屋に住む。 夜は狼の姿に戻り、外でも暮らしていけるので、日中だけ雨風凌げる場所を確保したかっただけだ。 その小屋が廃屋寸前だろうが、狼には関係ない。 「赤ずきんちゃん、もう夜になるからお帰りよ」 窓から射す夕陽がさらに傾いたのを見て、狼は声をかける。 「秋は陽が暮れるのが早いね。つまんない」 赤ずきんは忌々しそうに外を一瞥し、右足を床に下ろす。 「僕の見解は、また明日」 「あー、明日は猟師さんがうちに来るから行けないや」 猟師、という名前が出ると、狼は眉根を寄せて、わずかに表情が硬くなる。 「猟師さんにあんたの居場所なんか教えないから、そこは信用してよ」 「いや、そういうことじゃなくてさ。ほら、もう帰る準備したほうがいいよ」 赤ずきんの話を途中で切り上げさせて、狼は小屋の玄関を開ける。扉がギィィィとひどく軋む音がした。 「狼状態とヒト状態と、どっちが楽なの?」 森の入り口へ向かう、先頭を歩くのは赤ずきん。狼は赤ずきんのすぐ後ろを歩いている。 「狼。だって僕は本当は狼なんだから」 茜色の空は刻一刻と青色に呑まれていくところだ。 「僕の一族は人狼になって、ヒトの言葉を理解して、ヒト並みの知能を持った。それは意義のあることだけど、狼にはない窮屈さもある。たとえば」 狼は、赤ずきんの服を指差した。 「狼なら、毛皮が寒さから守ってくれるけど、ヒトはこういう服を何枚も着なきゃいけない」 すると赤ずきんは、体ごと狼に振り向いて、お姫様のようにエプロンドレスの裾を持ち上げた。 「今日の重ね着はイチ押しファッション」 「ほらヒトのそういうところ、面倒じゃない?」 「んだと?」 そんなやりとりをしているうちに、森の入り口が見えてきた。空は深い青に満ちてきている。 そして狼は森の入り口に着く直前に、本来の姿に戻る。 「えぇえ、このタイミングでなる?」 呆れながらも赤ずきんは、地面に落ちた服を狼の体に巻きつけて縛り、失くさないようにした。 返事の代わりに低い鳴き声を漏らした狼の頭を撫でて、赤ずきんは森を出る。 「たしかに服は邪魔そうだわ」 足早に森の中へ帰っていく、銀色の狼。その美しい毛並みに縛りつけられた衣服は、何だか不恰好だった。
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