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ヒトの姿をしながら「狼」と呼ばれる青年は、森の奥深く、泉の近くの廃屋寸前の小屋に住む。
夜は狼の姿に戻り、外でも暮らしていけるので、日中だけ雨風凌げる場所を確保したかっただけだ。 その小屋が廃屋寸前だろうが、狼には関係ない。
「赤ずきんちゃん、もう夜になるからお帰りよ」
窓から射す夕陽がさらに傾いたのを見て、狼は声をかける。
「秋は陽が暮れるのが早いね。つまんない」
赤ずきんは忌々しそうに外を一瞥し、右足を床に下ろす。
「僕の見解は、また明日」
「あー、明日は猟師さんがうちに来るから行けないや」
猟師、という名前が出ると、狼は眉根を寄せて、わずかに表情が硬くなる。
「猟師さんにあんたの居場所なんか教えないから、そこは信用してよ」
「いや、そういうことじゃなくてさ。ほら、もう帰る準備したほうがいいよ」
赤ずきんの話を途中で切り上げさせて、狼は小屋の玄関を開ける。扉がギィィィとひどく軋む音がした。
「狼状態とヒト状態と、どっちが楽なの?」
森の入り口へ向かう、先頭を歩くのは赤ずきん。狼は赤ずきんのすぐ後ろを歩いている。
「狼。だって僕は本当は狼なんだから」
茜色の空は刻一刻と青色に呑まれていくところだ。
「僕の一族は人狼になって、ヒトの言葉を理解して、ヒト並みの知能を持った。それは意義のあることだけど、狼にはない窮屈さもある。たとえば」
狼は、赤ずきんの服を指差した。
「狼なら、毛皮が寒さから守ってくれるけど、ヒトはこういう服を何枚も着なきゃいけない」
すると赤ずきんは、体ごと狼に振り向いて、お姫様のようにエプロンドレスの裾を持ち上げた。
「今日の重ね着はイチ押しファッション」
「ほらヒトのそういうところ、面倒じゃない?」
「んだと?」
そんなやりとりをしているうちに、森の入り口が見えてきた。空は深い青に満ちてきている。
そして狼は森の入り口に着く直前に、本来の姿に戻る。
「えぇえ、このタイミングでなる?」
呆れながらも赤ずきんは、地面に落ちた服を狼の体に巻きつけて縛り、失くさないようにした。
返事の代わりに低い鳴き声を漏らした狼の頭を撫でて、赤ずきんは森を出る。
「たしかに服は邪魔そうだわ」
足早に森の中へ帰っていく、銀色の狼。その美しい毛並みに縛りつけられた衣服は、何だか不恰好だった。
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