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群れを成して暮らす生き物は多い。ヒトもそうであるし、動物もそうだ。
だが、人狼の一族は今、彼一人しかいない。群れで狩りをする「普通」の狼たちに夜襲されて母は死に、猟師に撃たれて父も死んだ。
動物にとって「一匹狼」になるということは、容易いことではない。群れで狩りをしたほうが、狩りの成功率は上がるし、たとえ標的にされても、襲ってきた一匹に対して総力戦を挑めば撃退できる。それができない。
遠吠えをしても駆けつける仲間も家族もいない、ひとりぼっちの狼。
赤ずきんと出会った日の前夜も、狼は一人で夜の森を歩いていた。
何日かぶりに、暗い森の茂みで息を潜めていた鼠を食い、とても満腹にはならなかったものの、今日一日はやり過ごせそうだと安心したところに、ヒトの気配を感じた。
こんな時間に現れるヒトといえば、「猟師」だ。
何でこんなタイミングに、と恨めしい気持ちになりながらも、こんな痩せ細った狼は絶好の獲物だろうな、と妙に納得してもいた。
虫の声だけが忙しなく鳴り響く森の中、狼は耳を澄ます。
敵が、枝や草を踏みしめる微かな音を逃さぬように。
その次の瞬間、狼は全速力で駆け出す。銃弾が、狼の足元を外れて地面にめり込んだ。
気づけば、あれだけうるさく鳴いていた虫が、銃声を聞いてピタリと鳴き止んでいた。
続けて二発目の銃声が聞こえる。狼は猟師の銃口から逃れようと、渾身の力で地を蹴った。
だが運悪く、銃弾は狼の左足をかすめていった。
体勢のバランスを崩して倒れ込んだ先は、太い根が地面に何本も絡みながら盛り上がった巨木だった。 足に走る痛みを堪え、木の根の陰にすぐさま身を隠した。
息を殺して猟師の気配を探してみる。
たしかに二発目は当たったはずだ、という確信でもあるのか、猟師はさっきとは打って変わって、足音も気配もはっきりわかる状態で歩いてくる。
一歩一歩、狼が隠れる木の根元へと近づいてくる。
無粋な銃声が止んだおかげで、虫の鳴き声はまた高らかに響きだす。
じわりじわり、あと一歩。
周りに聞こえているはずはないのに、自分の心臓の音がうるさすぎて、狼はイライラした。
木の根元の前で、猟師が立ち止まった。
狼は、小刻みに震える体が不用意な音を立てないかとふと不安に駆られる。
辺りを見回し終えた猟師は、そのまま踵を返して歩き去ろうとしていた。
呆気なく、危機は去っていった。
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