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その後の記憶は曖昧だった。
足を撃たれてしまうと、歩くたびに傷口が痛み、朝になる前に小屋に戻ろうとしていたはずが、空が白んできてもまだ、小屋にたどり着ける気がしなかった。
狼は、僕はこのまま死ぬのだ、と思った。
どこだかわからない草むらで仰向けになって、溢れ出そうな涙を堪えていたところまでは覚えている。
狼の、その次の記憶は、足に激痛がして思わず暴れたらしく、
「手当してるんだから暴れない!」
と、恫喝に近い注意を受けたところから始まる。
「動いたらダメだからね。薬取ってくるから、いい子にしててよ」
幼子に言い聞かせるように話しかけ、狼の顔を覗き込んできたのは、赤いフードを被った娘だった。
その出で立ちに、狼は嫌な予感しかしなかった。
一刻も早くこの場を立ち去らねばと体を動かそうとしたが、さっき暴れたせいで体力を使い果たしていた。
「あーばーれーなーい」
今度は苛立ちを滲ませたトーンで、静かに注意してくる。
こんな手負いの体になってしまえば、逃げることもできない。反抗の意思はないのだとアピールするために、大人しく横たわることにした。赤いフードの娘は草むらを分け入って、時折屈んでは何かを摘んでいる。
「これは、とりあえずの手当だからね。この傷はちゃんと消毒して、栄養あるものを食べるのが一番」
摘んだ花や草の茎の樹液をハンカチに染み込ませ、傷に当てられる。
「けど、あんた、栄養失調も起こしてるでしょ。仕方ないから、当分は差し入れしてあげる。あんたの家はどこ?」
この娘は自分のことを狼だとは思わずに接しているのだろうか、という疑問が浮かび、狼は唸りながら言葉を発した。
「僕は、人間じゃない、狼で」
「あっそう。水は飲める?」
狼が躊躇いながら白状した素性は、とてもサラッと流された。
狼は状況が飲み込めず、娘の表情を伺おうとしたが、目の前を突然現れたパンに塞がれた。
「パンあるけど食べる?」
パンを差し出してきたのは、言うまでもなく娘だ。
「あの、僕、狼なんで、あの、そちらは赤ずきんさんですし、その」
「ごちゃごちゃうるっさい! 食べないのね!」
「あっ欲しいです、欲しいです、パンください」
この赤ずきんは短気だった。
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