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約束通り、傷が回復するまで、赤ずきんは狼の元を訪ねてきた。
そもそも赤ずきんは、森の中で熊や鹿、猿とトレーニングをするのが日課で、トレーニング後の食事として、パンや飲み物を持ち歩いていたそうだ。
そして、手負いの狼を見つけた日も、熊とトレーニングして一汗かいた後だったらしい。
「話のそもそもの大前提がおかしくない?」
昼下がり、廃屋寸前の小屋でサンドイッチを食べながら、出会った当初よりもだいぶ顔色も肉付きも良くなった狼は呟く。
「何で? 森で生きていくには理屈より筋肉」
ぐいっと袖をまくり上げた赤ずきんは、見事な力こぶを狼に見せる。
「たくましすぎですって。熊と対等にやりあっちゃうとか」
「あんたも森暮らし長いんだから、今日はお花摘みに来たの~♪ あら蝶々さんこんにちは~♪ で生きて帰れないくらいわかるでしょ」
「今は割と平和な森なのに、アンタッチャブル地帯扱いしすぎじゃないかな」
あの有名な赤ずきんの物語、もとい赤ずきんとその祖母が巻き込まれた殺人未遂事件の後、数百年の長きに渡り、森は平和そのものだ。
罪を犯した狼は「正義」の魔法使いにより呪いを受け、それ以来、呪いを受けなかった狼たちはヒトを襲うのを止めた。
森の生き物たちはヒトを恐れ、殺すまでの行為はしなくなった。この森では、食物連鎖の頂点は紛れもなくヒトだ。
「とはいえ狼だっていつヒトを襲い出すかわからないし、熊も時々出てくるんだから、鍛えといて損はない。筋肉は裏切らない」
「うん、理解できないけどわかった」
赤ずきんは警戒心が強い人間なのだろうか、自衛のための努力はとにかく惜しまない。
その結果、本来忌避するべき存在の熊や狼に近寄っていっているのだから、本末転倒もいいところだ。
それに気づいているのか、いないのか、狼にはわからない。
狼がただ一つわかるのは、赤ずきんは全てにおいて自身が上位にいることを理解して立ち回っていることだろうか。
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