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「そこ気になる?」
青年は少し困惑した顔で、背中に座って揺れて負荷を掛け続けてくる娘を振り返る。
「犯罪はやった方が悪。やられた方を悪し様に言う神経は理解できない。このくだりは直して」
手にしていた数枚綴りのレポート用紙を、赤ずきんは青年の顔の前に突き出す。
「あのね、この体勢で僕が受け取れるとでも?」
背中に乗る赤ずきんは、痩せすぎず太りすぎず、あくまで平均的な体躯だ。しかし、普段は研究に勤しむばかりで慢性運動不足な青年の腕力では、片腕を動かしてレポートを受け取るのは至難の業だ。
「私が差し出すものを受け取れないって言うの?」
青年の背から跳ねるように降りた赤ずきんは、即座に右足で、四つん這いの青年の脇腹をぐりぐりと押す。
「わかりました、訂正します」
動かせるようになった(かわりに脇腹に嫌な痛みが走るようになった)腕で、赤ずきんの手からレポート用紙を受け取る。
「それよりも、私、あんたの見解が聞きたい」
赤ずきんは無表情で、青年の脇腹を強く踏む。
「僕の見解?」
青年は怪訝そうな顔で、ずり落ちそうになった眼鏡を押さえた。
「狼はなぜ、森で一人暮らしの独居老人を狙ったか」
踏みしめる足の力と比例して、赤ずきんの眼光も鋭くなる。
「あんたも『狼』なんだから、わかるでしょ」
蔑みも含んだ眼差しを送る赤ずきんに、狼と呼ばれた青年は、静かに笑いかけた。
「僕は、狼が犯人だと思ったことはない」
狼の、クツクツと低めの笑い声が部屋に響く。
「そんな老人、見つけたらその場でご飯にしてると思うから」
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